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追悼の場所に毎日を行き交うひとたちが橋の上ですれちがう
まちのぴかぴかの光と音は
手に持った小さな明かりがさらに小さく見えた

 

今日、すれ違う街のひとびとは、
立て続けに起こる出来事に疲れてしまって、
橋のうえの追悼を、あまり見ないようにしているようにも感じてしまった。

 

宗教、民族などが絡まりだすと、侵略、戦に繋がる。
そこでは必ずひとからひとへの憎しみが生まれる。
憎しみは真実を置いてけぼりにして、どんどんと大きく広がっていってしまう。
国境を越えて、時間を越えて、何世代も何世代も広がって行ってしまうのだ。

 

さぢの知りうるご先祖様は戦争というなかでひどい目にあったという話をしていた。
ただ、さぢ自身は、本当のご先祖様のコトバを知らない。
父母は、こどもには教えたくなかったし、知らせたくなかったのだろう。
身近な大切な人に、そんな辛かった真実は知らなくていい、と言うのだ。
ただ、そのときの個人の気持ちだけを、知ることになる。
真実は遠いどこかにおいてけぼりで。

 

「日本人が」「朝鮮が」=◯◯
真実を知るのはとても難しいからこそ
分かり易い単語と公式をひとつ作ってしまうことで、簡単な答えを作ってしまうことはできる。
そんなのはもうたくさんだと小さい頃から感じていた。

 

震災、原発、ヘイトスピーチ、戦争、
ここ数年でたくさんのことが身近に起こっている

 

立て続けに起こる出来事に対して、声を上げるひとたち。
たくさんのコトバや想いがあるけれど
大きく共通しているのは、ただ、人として、当たり前に生きたいという願い持っていることではないか。

 

当たり前に生きるということは
自分自身と、愛する者たちへの誇りを
まっすぐ持つということではないでしょうか。

 

今日のこの追悼の場を見た人たちに何が伝わっていったかは分かりません。

 

しかし、ひとがひとを想う気持ちは
常に在り続けてほしいと願っています。